人にやさしく

こんにちは。takanoです。

今回のテーマは、いつもの Web の話ではなく、どちらかというと雑記ですが、けっこう忘れがちなので自戒も込めて書きます。

もし思い当たることがあれば社内の Slack あたりに、そっと流してください。

認識合わせの大事さ

仕事において、あるいは普段のコミュニケーションにおいても認識合わせってすごく大事ですよね。
例えば、何かの依頼をする際に認識がずれている状態で話が進んでしまうと、後になって大きな誤差を生んでしまいます。

認識のずれが時間とともに誤差を大きくする例

後からの大きな差分の修正は、自分にも相手にも時間や労力のロスになります。
以下のような関係でよく起こるかなと思います。

  • 依頼者と作業者
  • 質問者と回答者

上司でも部下でも同僚でも友人でもよいのですが、こうしたロスの発生率が高い相手は人格的な好き嫌いに関わらず警戒しますよね。
その警戒が「どうせまた」という先入観につながり、相手の話を額面通り聞けないという状況を生んでしまいます。

この状況は自分にとっても相手にとっても負荷が上がってしまうので、お互いの関係性にも影響してしまいますよね。

なので私は少なくとも業務上では、お互いの認識がなるべく合っている状態を目指すように心がけています。(できているかは別問題として)

そのために、まず大事なのが相手の立場を想像することです。

相手の立場を想像する(優しく)

立場が違えば、見えてるものが違うのが当然です。

見えてるものが違う例

上下に限らず、左右でも見えているものは異なりますし、職種や個人の特性でも異なります。
そのうえで、誰かに情報を伝えるのに大事なのは思い込みをやめることです。

  • 自分の知ってることは相手も知ってるだろう
  • あれに詳しそうだから、これも知ってるだろう
  • 最低限ここだけ話せば通じるだろう

「だろう運転」は良くないって教習所でも習いますよね。(行ったことない人、すみません)

こうした思い込みの弊害は、前提の省略です。
社内でも社外でも質問を目にしたり回答する機会が多いので、その体感として本当に思いますが、前提を省略すると相手が混乱したり誤解を招きます。

前提がいかに大事か

何かの問題に対して相談を受けた際に、そもそも聞いてなかった前提が最大の要因だったことありませんか?
おかしいなと思って根掘り葉掘り確認してみると出てくるパターンです。
「最初に言ってよ」と思うことが月に 1・2 回はあるので、そのたびに前提の大事さを痛感しています。


一方で、前提は伝えていても誤解が生じる場合、そもそも見てるものが違う場合もあります。

見てるものが違う例

「同じことについて話してるはずなのに、何かずれている気がする」というときには、大抵これが起こっています。

例えばユーザー数という指標の話で考えても、以下のようなバリエーションが考えられます。

  • 来訪者数
  • アカウント数
  • 有料会員数
  • アクセス解析ツールの定義
  • 月間?日次?
  • 平均?延べ?

このすれ違いの回避には、自分の前提を相手に伝えるか、相手の前提を聞き出すことが大事です。

ここで、小学校の頃から大好きな漫画『寄生獣』で、ミギーが語っていた名台詞を引用させてもらいます。

alu.jp

結局のところ、我々人間は完全には理解しあえません。
そのうえでお互いの認識の間にある曖昧さを無くし、なるべく前提を揃えるためには工夫が必要です。
専門用語を避けて平易な言葉に変えたり、使っている言葉の定義を相手と確かめ合うことも大事ですし、補足になる情報も重要です。

例えば Web サイトの操作方法を伝える会話であれば、テキスト以外の情報は以下の順で具体的になります。

  1. コンテンツ名 + URL
  2. コンテンツ名 + URL + 画面キャプチャ
  3. コンテンツ名 + URL + 画面キャプチャ + 操作の様子を録画

上から順に、文字 → 画像 → 動画と情報の量が多くなります。

とはいえ情報の量を増やせば必ずわかりやすくなるわけでもありません。
長文のメールで色々と説明されても、結局はイメージできないと意味が無いように、伝えたい情報が認知しやすい範囲や形式で伝えるのが大事です。

この点は意外と見落としがちに思えます。
「すごく頑張って長文で説明したのに、何も伝わっていない」という落胆は相手への憤りに置き換えられがちですが、相手からすると「長々と書いてあったけれど結局よく分からなかった」ということかもしれません。

相手の立場や、そこから生まれる前提を理解できていないと、認識がずれっぱなしの悲しい一方通行になってしまいますよね。

お互いの認識の状態

ここからは、こうした認識のずれを無くすために私が工夫していることを挙げてみます。

情報伝達の形式を工夫する(易しく)

個人的な意見ですが、長い文章って読む気にならないと(気合を入れないと)読めなくないですか?
なので普段は長い文章をなるべく避けて、かつ表現を工夫するようにしています。

  • 短文
  • 箇条書き
  • 表組み

また、百聞は一見に如かずと言いますが、画像や動画あるいは音声が持つ情報の伝達力は文章よりも強いので、お互いの認識合わせの負荷を下げるためには有効だと思っています。

よく仕事中に情報伝達で行っているのは、以下の手段です。

  1. URL か画像付きでチャット
  2. 伝わりづらければ動画を送付もしくはビデオ会議
  3. ビデオ会議では顔を出して表情を見せる + お互いに画面共有
  4. 上記の組み合わせ

文章表現に迷って 30 分悩むよりは、顔を見せながら 5 分話すだけで伝わるほうが自分も助かるので、情報に応じて伝達手段を分けるというのは効率化にも繋がると思っています。

私の場合は、複雑で曖昧さが残る内容であれば、なるべく伝達力の強い手段を選ぶようにしていますし、わかりきった単純な話ならチャットで一言だけの場合もあります。
ここまで書いたことは当たり前のことのように見えますが、実際のところ複数の伝達手段を使い分ける人は意外と少ないように感じています。

検索のしやすさならテキストが良いですし、気軽に見返すなら画像が良いです。
実際の画面を見ながら話すことで「同じことについて話しているつもりでも実はずれている」状態を防止し、表情や声色から納得度合いも計れるので、対面には劣るもののビデオ会議も充分に有効な手段です。
全部やるのが最も丁寧ですが、忙しくてそうもいかないと思うので使い分けも必要です。


情報伝達の工夫は、練習のために自分用のメモで試すのも良いかもしれません。
事業会社で働いていると、自身の担当案件が優先順位の問題で数か月中断することもありますし、前日に飲みすぎてひどい二日酔いで業務をすることもあるでしょう。
その際に認知の負荷がなるべく少ない状態で情報が残っていると、過去の自分に感謝したくなるはずです。

情けは人の為ならずと言いますが、優しさ(易しさ)は他の人だけに向けるものではないですよね。
常に意識して手癖にしておくことで、自身も周囲の人間も恩恵を受けられるのが理想の状態かなと思います。

最後に、参考になるガイドラインを見つけたので紹介させてもらいます。
はてブか Twitter で見たのですが、「前提を伝える」ということがどういうことかイメージしやすい例文ばかりで良かったです。

aws.amazon.com

それから、こちらも最近はてブか Twitter で見つけたのですが、今回のテーマに近しいトピックを色んな切り口でテンポ良く分かりやすく書いている素敵なブログです。
改めて何記事か読んでみて、「わかる…ッ!」って悶えました。

konifar-zatsu.hatenadiary.jp

というわけで今まで書いてなかった類(たぐい)の記事でしたが、文章にすることで考えが整理できて良かったです。
色々と好きなように書きましたが、やっとブログらしい内容が書けたので許してください。

それでは、またいつか!